清吉「お前らにはわかっとらん。やっぱりなンもわかっとらん」
清吉「とっつあんはたしかに評判わるかった。しかしむかしァみんなあの人を、仏の杵次とそう呼んどったよ。そういう時代もむかしァあったンだ。それが-。どうして今みたいになったか。」
清吉「とっつあんの苦労をみんなが忘れたからだ」
清吉「忘れなかったのは、あの馬だけさ。あの馬だけがとっつあんをわかっとった」
清吉「その馬をー。手放すとき」
清吉「その馬を、売ったときー」

このサイトは北の国からマニア通信と名乗っているので、今回はマニアックにそのときの様子を図に表してみました。こんな図を描いている人は他にはいないと思われ…(^_^;)
清吉の台詞が印象的なシーンですが、多くの登場人物が登場するシーンです。北の国からで1シーンにこれだけ多くの人が登場するシーンはかなり珍しいと思います。
人物関係を整理してみます。
まずは、草太の周りにいる人物から。凉子先生以外はかなりマニアックな人たちです。
杵次の息子の公介・信夫・三次の3人と向田が話してます。杵次の息子3人の区別が難しいかと思いますので、印象的な台詞を挙げます。
公介「あはははは、清さん、飲めよ。オイ、酒ないぞ!」
信夫「いたって食えンべさ。それだけみんなが食っていけるか?」
三次「みどり姉さんやっとさっき連絡ついたそうだ」
向田とは、分校の1年生向田順子ちゃんのお父さんです。杵次の息子たちと向田が親しいのは、なんだか意外な感じがしました。
つぎに、中畑木材関係者のグループ。和夫、みずえ、中川、熊さんの4人です。みずえはお酒の準備があるためか、台所と行き来して忙しそうです。
その後ろには、五郎、清吉、それにお坊さん?と思われる人が囲んでいます。初めの頃、清吉は静かに飲んでいるのですが、杵次の息子たちの会話に我慢できずに…最初の台詞となるわけです。
みどりは台詞がなかったのですが、杵次が亡くなった悲しさ、兄弟たちへの思いが無言の中でも表情から見てとれました。最後には清吉のわきに来て黙ってお酌していました。清吉の言葉、ありがたく思っているのでしょうか?
清吉の妻の正子と息子の草太の表情や台詞も印象的です。
正子「どうしたのあんた!人のお葬式で」
草太「おやじ。ー帰ろう」
そして、純。一連のやりとりを子どもの純が黙って見ていました。
語「だけどぼくには清吉おじさんの、さっきのことばが、灼きついて残っており」
初めまして、なかなかマニアックな内容で、思わずフンフンと頷きながら、拝見しました。
挿入歌の調査は、すごいですね。
私が好きなのは、巣立ち で、北海道から東京へ舞台が変わるときに流れる浜田省吾の 四年目の秋です。
石の家の模型も楽しみにしてます。
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コメントありがとうございます。挿入歌はもともと20年くらい前、他の掲示板で出ていた情報を整理したものです。
石の家の模型、なかなか進みませんが、コツコツと楽しんでやっていこうと思ってます。
北の国からマニア通信管理人より
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