連続第22回 誕生日

 草太兄ちゃんのボクシングの試合があってからもうひと月が過ぎていた。
 10月に入って待ちに待った日が来たよ。丸太小屋の組み立て工事が朝から始まってるんだ。螢とお兄ちゃんで見に行ったんだ。丸太小屋を組むやり方はいろいろあるみたいだけど、父さんのは丸太と丸太の合わさる所にミゾを掘り、イリザネという板を挟んで固定するやり方みたい。丸太と丸太が重なり合う角にはコケをつめて切り口をうめていくみたい。雪子おばさんがブタ汁をよそってくれたから、螢は父さんたちのところに運んだんだ。父さんたちはブタ汁食べながら、丸太小屋の相談をしてたよ。
 中畑のおばさんが来たとき、螢とお兄ちゃんは山へ行ったんだ。山で山ブドウの実を集めてブドウ酒を作るんだ。父さんには内緒で誕生パーティーの準備をしてるんだ。ブドウ酒をビンにつめて誕生日プレゼントにしてあげるんだ。お兄ちゃん、誕生日にこごみさん呼ばなくていいのかな?お兄ちゃんはいいんじゃないって言ってたけど、父さんは一番呼んで欲しいんじゃないかな。父さん、ピクニックのときのこと気にしてるんじゃないかな。こごみさんのこと何となくヤダって冷たくしたでしょ。あっ!山ぶどうがこっちにもあっちにもいっぱいあるよ。
 父さんたちが熊が出たって心配してた頃、螢とお兄ちゃんはまだ山ブドウを採ってたんだ。そしたら遠くから木の折れた音がしたんだ。螢はキツネじゃないって言ったんだ。あのキツネどうしてるかな?生きてるかな、それともしんじゃったのかな?そんな話をしてたらもう一度音が聞こえてきたよ。熊かな?熊なら走っちゃダメだって。歌かなんか歌って平気な顔で知らんぷりしていた方がいいって。だから二人で♪クマが出た出たクマが出たって歌いながら帰ったんだ。夜ご飯のとき、本当に熊が出たって話を聞いたんだ。あまりのことに声も出なくて山ブドウをとりに行ったことを内緒にしたんだ。その晩は二人で久しぶりにお祈りをしたんだ。
 次の日は日曜日で螢は朝から雪子おばさんと父さんたちの昼仕度をしてたんだ。雪子おばさんがまだご飯を作ってるから螢が野菜を持って先に現場に行くことになったんだ。外に出たらこごみさんがいたんだ。雪子おばさんは会ったことなかったね。こごみさんと歌を歌いながら森の中を歩いたんだ。親子連れの熊の話を教えてあげた。それと父さんの誕生日をやるから招待したんだ。こごみさん来てくれるって!約束したんだ。
 現場に着いたよ。わぁ!もうあんなに!父さん!こごみさん手伝いに来てくれた。こごみさんも昼ご飯を一緒に食べたんだよ。みんなで昼ご飯を食べてたら、中畑のおばさんとすみえちゃんも来たんだ。たくさんの食材と母さんからの手紙を持ってきてくれた。そしたら、中畑のおじさんがおばさんに突然アレダーアノーとか言っててよく分からなかった。それからおじさんはお兄ちゃんやすみえちゃんと落葉キノコを探しに行っちゃったんだ。昼ご飯の後、こごみさんは中川のおじさんとなんか話してた。こごみさん!って呼んだんだけど、またねって帰っちゃった。どうして帰るの?どうして?父さんたちは午後も丸太小屋作りを続けて、夕方には屋根のあたりまで進んだみたい。
 夜ご飯の前、お兄ちゃんがこごみさんのこと父さんの誕生日に呼べるかよって怒ってた。飲み屋につとめてる女なんだぞって言ってた。螢、もう呼んじゃったもん。こごみさん不潔なんかじゃないもん。
 お兄ちゃんと山ブドウをビンに詰めてたら父さんが帰ってきたんだ。隠そうと思ったんだけど父さんに見つかっちゃった。そしたら父さんお兄ちゃんに怒ってた。こごみさんに来て欲しくないと断りに行ったのかって。こごみさんが飲み屋につとめてる人だからイヤだって考えは父さん許さんって言ってた。こごみさんには父さんが断ってくるって。父さんの誕生日も断るって。父さんが怒って外へ出ちゃった後、螢とお兄ちゃんは泣きながら山ブドウをビンに詰めたんだ。雪子おばさんは、「だいじょうぶよ、父さん疲れていただけ。」って言って、2人の涙をふいてくれたんだ。

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