連続第23回 破れた靴

 秋晴れの朝、螢とお兄ちゃんが起きたら、父さんと雪子おばさんはもう起きてた。雪子おばさんがお弁当を作ってて2人とも何もしゃべらなかったから、螢がどうしたの?って聞いたんだ。そしたら、父さんは母さんが急に死んだんだよって言ったんだ。お兄ちゃんが冗談でしょって笑ったんだけど、雪子おばさんは涙を流してたんだ。それで、螢もお兄ちゃんもだまった。お昼には汽車に乗って千歳空港に着いてたんだ。
 母さんのアパートに着いたらみんなお葬式の準備で忙しそうにしてた。螢とお兄ちゃんは母さんのアルバムから写真を選んでたんだ。ラベンダー畑で撮った写真にしたんだ。夕方には写真はできてきて、黒いリボンをかけられた額縁の中で母さんがちょっと笑ってたよ。大人がたくさんいて吉野さんっていう人もいたから螢とお兄ちゃんは玄関の外に座ってた。雪子おばさんが来て母さんのそばにいてあげなさいって。母さんのそばにいたら、吉野さんの子どもが2人来たんだ。吉野さんは「母さんにお別れいいなさい」って。螢とお兄ちゃんの母さんなのに…。螢とお兄ちゃん、何も言えなかったよ。
 夜になったら2人で東京の町を歩いたんだ。お店で中華まんを買って階段に座って食べたんだ。父さん、どうしちゃったのかな?すぐ行くって言ったのになかなか来ないね。アパートに戻ってお兄ちゃんと2人でテレビを観てたんだ。隣の部屋では雪子おばさんが母さんの入院してた病院のことでおこってた。吉野さんはオレが悪いって言ってた。前田のおじさんはどうしようもないじゃないかって。雪子おばさんが外に出ようとすると、清吉おじさんが立ってたんだ。
 次の日の夜11時過ぎみんな引き上げて家の中は静かになった。螢とお兄ちゃんは母さんの部屋で寝ていて、残ったのは雪子おばさんと清吉おじさん、吉野さんの3人だけになったんだ。お兄ちゃんは父さんがどうして来ないのかって雪子おばさんに聞いてた。雪子おばさんは父さん忙しいからだって言ってたけど。
 翌朝、父さんが来たんだ。2時から母さんの葬式があるから10時くらいからみんな集まってきてた。父さんは母さんの顔をたった一度見ただけで、後はずっと台所に入りっぱなしだった。お葬式まで螢とお兄ちゃんは公園に行ってたんだ。2人で座ってたら吉野さんも来てた。お兄ちゃん、あの人こっちに来る。見ないで!螢、ブランコしてくる!そしたらお兄ちゃんが螢のこと呼んで、吉野さんがどこかに連れて行くって。いやだよ螢、アパートに帰る。お兄ちゃんが無理矢理引っ張るから仕方なく行ったんだ。そしたら靴屋に着いたんだ。吉野さんは靴のサイズを聞いてきて、螢いらない!って言ったんだけど。吉野さんが母さんの葬式だからって。結局、新しい靴を買ってもらったんだ。古い靴はお兄ちゃんがいいですって言ったから、店員さんが段ボールに捨てちゃったんだ。
 2時からお葬式が始まったんだけど、「あの古い靴、さっきのお店にまだあるかな」ってお兄ちゃんに聞いたんだ。お兄ちゃんも靴のこと考えてたみたい。あの古い靴は父さんが買ってくれたんだよね。それから1年、あの靴は螢たちと一緒にずっと生活してきたんだ。雨の日も風の日も寒い日も雪どけの泥んこの日も、学校に行くにも畠で働くにも、ずっと螢たちの足を守ってくれたんだよね。
 その晩、母さんはお骨になってた。母さんのアパートに残ったのは、父さんと雪子おばさん、前田のおじさんだけになってたみたい。お兄ちゃんは居間にいて3人と話してたみたい。螢は母さんの部屋で絵を描いてたんだ。黒いクレヨンで描いた真っ黒な絵なんだけど。父さんが来て「何の絵だ。わかんない絵だな。」って。父さん覚えてる?こわかった夜のこと。父さんが急に早く帰ってきて母さん驚かそうって美容院に行った日のこと。いやだったから思い出してたんだ。いいことばかり思い出すとつらくなるから。そしたら父さんは、母さんもう死んじゃったんだから許してやれって、昔のことはもう忘れろって、父さんはとっくに許してたって。
 父さんは翌朝早く帰っちゃった。昼間はお参りの人がみえて、夕方には清吉おじさんが来てくれたんだ。清吉おじさんは、雪子おばさんや親戚のおじさん、おばさんに父さんのこと話してたみたい。お兄ちゃんは話を聞いていたみたいだけど。夜だったんだけど、螢とお兄ちゃんで外に出たんだ。お兄ちゃんが昨日の靴屋にあった靴まだあるかなって言うから、行ってみようってことになったんだ。靴屋はシャッターが閉まってたから、わきにあったゴミ置き場を探したんだ。そしたら、お巡りさんが来て「何してるのおまえら。」って。お兄ちゃんが事情を説明したら、お巡りさんも一緒に探してくれたんだ。あの靴は父さんが買ってくれた大切な靴だったんだ。

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