
「南極物語」は1983年に公開された高倉健さん主演の映画です。南極観測隊の苦難とそり犬たちの悲劇を描いています。
北の国から’92巣立ちの1シーンです。あらためての説明は必要ないと思いますが、純がタマコと渋谷のラブホテルに入り、そこで観た2本目の映画が「南極物語」でした。

語「タマコはぼくの期待を無視して次の映画を選び出したンだ。ー南極物語。高倉健主演」
語「南極でも北極でもどこでもよかった!」
語「ここは渋谷の、円山町だった!ぼくの神経は狂いそうだった!」

語「高倉健サンが恨めしかった」
語「タローもジローも恨めしかった」

南極物語
語「そうして結局ぼくはその午後。健さんの目の前で大人の壁を越えた」
「南極物語」が上映されたのが1983年。当時、親に連れられて行った映画館で観た記憶があるのですが、その時以来、約40年ぶりに「南極物語」を観てみました。
高倉健さん演じる潮田、渡瀬恒彦さん演じる越智の2人の越冬隊員の苦悩。置き去りにされた樺太犬たちが必死に生きようとする姿。そして、越冬隊員の2人とタロー・ジローとの再会までが描かれています。
『どうして見捨てたのですか なぜ犬たちを連れて帰ってくれなかったのですか』
という宣伝キャッチコピーが付けられていたそうです。
極寒の南極と渋谷のラブホテルという正反対の場所、2人の越冬隊員の苦悩と純の苦悩、次々と亡くなっていく樺太犬たちと新たな生命を宿すことになるタマコの対比。
なんでも北の国からに関連付けて考えてしまいますが、「南極物語」が使われたのにはこのようなメッセージ性があったのではと想像しました。
’87初恋でのれいちゃんの「純くんって無口ね」「高倉健みたい」という台詞、’95秘密での石上の「カラジシ!」「いんでないの?高倉健みたいでさ」という台詞にも「高倉健さん」の名前は出てきます。倉本聰先生が高倉健さんを尊敬しており親しかったことも「南極物語」を使った理由として考えられます。また、フジテレビが「南極物語」の製作に参加していたことも大人の事情として関連しているのかと思われます。
【参考サイト】
稚内観光情報「南極物語」
https://www.city.wakkanai.hokkaido.jp/kanko/gaiyo_rekishi/nankyokumonogatari.html


“” への1件の返信