’89帰郷

 私は旭川の定時制看護学校に通っていた。朝早く家を出るため、父さんに毎日駅まで送り迎えをしてもらっていた。私はいつも列車で一緒になる勇ちゃんが気になっていた。
 ある日、私が働いている病院に勇ちゃんが現れびっくりした。帰りの駅で一緒になり、それを機会に仲良くなった。勇ちゃんの故郷滝里に行き将来のことを話した。しかしお互いの進学・就職によって、別れが来ることは分かっていた。悲しい現実に抗うかのように勇ちゃんは私にキスをし、そして木にHとYという2人のイニシャルを刻んでいた。戴帽式を迎えた私はお兄ちゃんに手紙を書いた。

 お兄ちゃんは東京の雪子おばさんの家で暮らしていた。髪を染めバイクに夢中になっていたお兄ちゃんは、富良野に帰るために貯めていたお金でバイクを手に入れた。しかし、そのバイクが盗難車だと分かり没収されてしまう。さらにお兄ちゃんがお守りにしていた”泥のついた一万円札”が自動車修理工場のロッカーから失くなってしまう。犯人はお兄ちゃんの友達のアカマンさんだと分かるが、お金はすでに先輩の水谷さんに渡っていた。お兄ちゃんは水谷さんにお金を返してほしいと頼むが、言い争ううちに工具で頭を殴ってしまう。警察から戻ったお兄ちゃんは雪子おばさんの旦那さんに厳しく責められ家を飛び出した。お兄ちゃんは「俺は不良じゃない」と自分の拳を激しく電柱に打ちつけていた。翌日、お兄ちゃんは工場をクビになった。お兄ちゃんのもとを訪ねてきたエリちゃんは”泥のついた一万円札”を取り戻してくれた。エリちゃんはお兄ちゃんと一緒にもう1枚の”泥のついた一万円札”を探してくれた。お兄ちゃんは心優しいエリちゃんに心を打たれていた。

 富良野に帰ってきたお兄ちゃんは死んだように眠っていた。往年の番長に髪を染めてもらったお兄ちゃんは、丸太の皮むきをしている父さんのもとに行き、富良野の人たちにあいさつをしてまわっていた。一方、私には悲しい別れがあった。勇ちゃんが急に東京に行くことになった。出発の日、私は富良野駅で勇ちゃんを見送った。
 その夜、お兄ちゃんは薪をくべながらお風呂に入った父さんと話していた。お兄ちゃんは東京での事件のことを告白した。お兄ちゃんが「大事なものをそいつに取られたから」と言うと、父さんは「それは人を怪我さすほど、大事な物だったのか。なら、仕方がないじゃないか。男は誰だって、何と言われても闘わなきゃいかんときがある」と答えていた。私が2階でラジオを聴いていると、札幌にいるれいちゃんからお兄ちゃんへ向けてリクエストした曲がかかっていた。2人の思い出の曲I LOVE YOUだった。お兄ちゃんは札幌に行きれいちゃんと再会した。2人で天窓のある喫茶店に行くが、お兄ちゃんは幼い日のことを思い出し、父さんのことを考えていた。

ー思い出を語る父さんはひどく酔っていた。父さんは中畑のおじさんと富良野の飲み屋に行き、お兄ちゃんや私のことを思い出し話していた。その言葉には私たちの自慢とともに一人になる寂しさが見え隠れしていた。

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